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旅の記録と記憶、

日本国内、東西南北、処々方々を巡る、

四国の旅・愛媛県: 松山 「道後温泉・3」


  四国の旅・愛媛県: 松山 「道後温泉・3」  ,




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この温泉本館は夏目漱石が松山を舞台にした自伝的小説「坊ちゃん」でもお馴染みである。この浴室、浴槽で、主人公で数学教師の坊ちゃんが泳いだことで、生徒に見つかり、冷やかされ、悶着を起こした、という下りがある。

夏目 漱石は、「吾輩は猫である」、「こころ」などの作品で広く知られ、森鴎外と並ぶ明治時代の文豪である。 
東京帝国大学時代に、ここ松山出身の正岡子規と出会い、子規は同窓生であった漱石に多大な文学的、人間的影響を与えたという。
この時期に、初めて「漱石」という号を表した。
漱石28歳の時、子規の推薦があったかどうか定かでないが、松山の松山中学(現、松山東高校)に教師として転勤赴任している。
坊ちゃん」の主人公は漱石自身とされているが、教頭の「赤シャツ」だとする説もある。 写真の容貌から察すると、「赤シャツ」似かな・・?。

文豪・夏目漱石が松山中学の英語教師として赴任したのは、本館の完成した翌年のことである。 漱石はその建築に感嘆し、手紙や、後の彼の作品「坊っちゃん」の中で「温泉だけは立派だ」と絶賛している。 

実際に、頻繁に通ったともいう。
手紙によれば、八銭の入浴料で「湯に入れば頭まで石鹸で洗って」もらうことができ、また三階に上れば「茶を飲み、菓子を食」うことができたようである。
小説の中では「住田」の温泉として登場する。あまりにもこの印象が強いため、本館は別名、「坊っちゃん」とも呼ばれる。


余談だが、松山市内を走るチンチン電車路面電車伊予鉄道)に、今、「坊っちゃん列車」とやらが走っているという。 明治期の模擬SLが牽引しているミニ列車のことで、小説「坊っちゃん」の中で、軽便鉄道時代の伊予鉄道が「マッチ箱のような汽車」として登場しており、四国・松山中学に赴任する坊っちゃんがこれに乗ったことから、坊っちゃん列車と呼ばれるようになったという。



 次回も、松山 「道後温泉・4」  ,





  
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