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旅の記録と記憶、

日本国内、東西南北、処々方々を巡る、

四国の旅・高知県; 土佐高知 「一豊の妻・千代」

 四国の旅・高知県; 土佐高知 「一豊の妻・千代」   、
 



山内一豊と妻の像(岐阜県郡上市   Wik)




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土佐藩の祖山内一豊の妻千代が郡上藩主遠藤盛数の娘であった

高知の女性を称えるのに「はちきん」という言葉があるという。

男勝りに働く女性を意味する言葉で、俗っぽい言い方をすれば、「 男には弐金付いていて、4人で八金である」。 
つまり、「はちきん」というのは男4人分の仕事をする女性を表す。 この女性のはしりが「一豊の妻・千代」であると言われる。



ところで、山内一豊の妻 千代は、「千代紙」の名前の起源になっていることは、その真偽はともかく余り知られてない。 

一豊が未だ50石どりの貧乏小武士だったころ、千代は不要になった小袖を切り込み、四角い破切れにして縫い合わせ、継ぎ接ぎ小袖として着用していた。 

周囲の女どもは、始め妙に眺めていたが、意外とそれが洒落てて見た目も綺麗に映った。
その内評判になり、やがて秀吉の妻・ねねや信長の妹・お市の方、そして秀吉自身にも創作、縫い合わせして進呈したというが・・?。 

この歯切れの形や色柄(今で言うパッチワーク)が、和紙にも普及し、これがやがて千代の名を付けて「千代紙」になったという。



因みに、「千代紙」と「色紙」について

分類すると千代紙は和紙、色紙は洋紙である。 日本古来の紙はむろん和紙であり、「千代紙」の折り紙は日本の伝統技術であり、千代紙自体、日本の伝統的な図柄として和服にも使われる事が多かった。 

洋紙が導入されるに及んで、和紙では比較的高価であり、厚薄の不揃いで折り目がつきに
くい理由て次第に、単色の洋紙の「色紙」、折り紙が普及していったという。


風合いを楽しむ和紙・千代紙は障子紙や「色紙・しきし」等に使われている。  

因みに、和紙の効用として、埃を吸い取る(微小な隙間が、微弱電気を帯びてプラスのほこりを吸い取る)、湿度を調節する、臭いを吸着する、UV (紫外線)をカットする、目に優しい、和紙の服はいい、和紙の寝具等々。 

起源としては他に有力なのが京都で、千代紙のことを「京紙」とも称し、京都の伏見宮あるいは閑院宮の千代姫が愛好されたので名付けたという説もある。信憑性についてはどちらでもよいが、一豊の妻の「千代紙」が納得性があるかもしれない・・?


2006年、NHK大河ドラマ司馬遼太郎原作の「功名が辻」・「山内一豊の妻」が放映された。

主人公・千代は、夫の立身出世を支えた「内助の功」の人物として有名。一豊が織田信長に仕えていた頃に、嫁入り支度のお金で夫のために馬を購入。
心を込めて手入れをしたその馬が信長の目に留まり、夫の出世を助けたエピソードで知られている。

千代に仲間由紀恵、一豊に上川隆也



一豊の家臣に武田鉄也演ずる「五藤吉兵衛」がいる。 
先代から一豊のいわば守役として幼い時から仕え、放浪時代にもつき従ってきた。

賤ヶ岳(秀吉と柴田勝家)の合戦直前、伊勢亀山城攻めの際、主・一豊に手柄をとらせようと奮闘、壮絶な最期を遂げる。 

この吉兵衛の子孫が高知市内に在住で、古風格な居を構え現在、高知城近くで本屋を営んでいる、と噂できいたが・・?。



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