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旅の記録と記憶、

日本国内、東西南北、処々方々を巡る、

6、世界遺産;宮島と厳島神社 「厳島神社の祭神」


 6、世界遺産;宮島と厳島神社 「厳島神社祭神」 




http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/c/ca/Itsukushima_%28pano%29.jpg/1920px-Itsukushima_%28pano%29.jpg


http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/f2/Inside_of_Itsukushima_main_shrine.jpg
拝殿内部



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厳島神社の社殿は、593年(推古天皇即位元年)に創建されたと伝えられる。 
古来から神の降臨する「神の島」として島全体が人々の信仰の対象であり、清浄な場所として崇めれていた。 
往年まで、島内に人は住まず、神官も対岸から島を拝していたという。
社殿が、海水のさしひき(干満)する所に建てられているのもそのためであり、海上に浮かぶ大鳥居もそのためであった。
そして、宮島には中世以降人家が建てられたが耕作をしない、死者を埋葬しない風習は現在も守られているという。

大神は古くは九州・宗像神社(筑前国宗像郡玄海町=九州福岡市・宗像三女神、筑紫の海上交通の神)の流れを汲む伊都伎嶋(いつきしま)神社ともいい、また厳島大明神とも称した。
市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)、田心姫命(たごりひめのみこと)、湍津姫命(たぎつひめのみこと)の女神三神を主祭神として祀られている。


厳島神社が、平氏崇敬を受けて平氏氏神となった経緯には、当時の大神主の様々な働きかけがあったといわれる。 
平家隆盛時、清盛によって造営された社殿は厳島にある本宮(内宮)・本殿以下37棟、対岸の地御前にある外宮が本殿以下19棟を数え、全て完成するまでに数年が費やされたといわれる。
社殿造営は寝殿造り(平安時代貴族の邸宅建築、現在の京都御所がその一例)の建築様式を巧みに取り入れ、美と調和を創造した日本に残された最も優秀美な建築物と言える。
特に本殿は繊細かつ華麗な切妻両流造りで、平安の風格をよく再現している。


厳島神社は、元々は日宋貿易航路の守護神でもあったという。 

瀬戸内へ筑紫の国・太宰府から宋人を招聘する一方、平家一門や皇族・貴族の厳島参詣は年々頻繁になり、このための海上ルートがそのまま宋貿易へのルートとなっていったという。 
神社へ、貴人の参詣が頻繁になるにつれて、社内の拡大、整備が一段とされるに至ったという。


次回は、厳島神社の神宮寺・大聖院

  
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